番外編

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❖【タナエン】ホワイト・クリスマス (2016.12.25)


ホワイト・クリスマス

【タナン視点】

 

「タナン様!」
 普段は落ち着いたその声が、どこか興奮気味に聖堂に響く。私は書物から目を上げて、彼女の声を辿って見る。彼女は私と、もう暗くなった窓の外をしきりに見比べていた。
「どうなさいました、姫」
「雪ですわ、タナン様!」
間髪を入れずに返ってきた声に、私も窓の外に目を凝らす。書物を読むために付けていた灯りをそのままにして、窓に近づいてみると、たしかにちらちらと雪が降ってきていた。
「ねえ、外に出て見ませんか?」
私が答える隙もなく、彼女は私の手を引いて外に飛び出した。思ったより寒かったのか、私の腕をぎゅっと抱き留める彼女は、雪が珍しいのだろう、雪の舞う夜空をじっと見上げていた。そのうち、吐く息が白いのに気が付いて、手に息を吹きかけて温める姿は、まだ幼い少女のようだった。
「寒いですわね。タナン様は平気?」
「慣れていますから」
私が短く答えると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「ミラノは雪が多いんですものね。羨ましいわ。グラーツでは年に何度かしか降らないんですもの」
「珍しいくらいで、丁度いいと思いますよ」
「まあ、そうですか?」
 そのとき、彼女の透明な睫毛に雪が舞い降りる。驚いて目を瞑った彼女は、細い指でそれを払うと、体温で見る見るうちに融けていく雪を見つめた。
「こんなにすぐに融けてしまうのですね……」
呟くその声は、惜しむでもなく、恨むでもなく、ただその事実に触れた感想のようなものだった。
 それから、また空を見上げると、今度は舞い降りてくる雪に手を伸ばして、捕まえようとする。私の手を放さないので、彼女について行くしかなかったが、雪は自在に舞って彼女の手を逃れていく。二つに束ねた銀色の髪がくるくると踊る。諦めずに何度もそれを繰り返すうちに、ぱっ、と掴んだかと思えば、融けた水が手の中に残るだけだった。それでも、いつもと変わらず、いや、いつもよりも明るい彼女の表情は、夜空で輝く満月のようだった。
「タナン様?」
私がじっと見ていたことに気づいて、きょとんと首をかしげる彼女の視線を、思わず目を伏せて逸らす。水色の大きな丸い瞳は、私には少し眩しすぎた。
「いえ」
私の視線を追ってか、彼女は私の手を握る手に、もう一方の手を添え、両手で包む。ずっと雪を追っていたそちらの手だけ、ひんやりと冷たかった。
「雪はお好きではないのですね」
 心を見透かされているように感じて、思わず目を上げる。
 私の目をじっと見上げる彼女は、ハッとするほど優しい目をしていた。
「ごめんなさい、私だけはしゃいでしまって」
申し訳なさそうに、困ったように笑って見せる彼女に、私は首を振る。
「こちらこそすみません、ご気分を害したなら――」
その先を言おうとする前に、彼女が私の口に人差し指を当てる。
「そうではありません、タナン様、あの……」
 たまに、こういうときがある。
 いつも凛とした表情で、穏やかな態度で振る舞う彼女が、急に年相応の少女の姿を見せるときが。
 寒さのせいなのか、ほんのり紅く染まった頬と、少しだけ潤んだ瞳。
「わたし、あなたと一緒に雪を見られて嬉しいんです」
少し震えたささやくような声と、普段の堅い敬語とは違う口調。
「あなたが次、雪を見るときに思い出すのが、悲しい思い出ではなくて、私と雪を見たこの時の光景だといいなって思うんです」
 その言葉に、ハッとさせられる。私はまた、この人に気を遣わせたのだろうか。三つも年下の彼女に。
 その優しい気遣いに、ありがとうございます、と小さな声で告げるだけで精いっぱいだった。
 この人といるときにこみあげてくる、温かい気持ちが、涙でなくなる日まで、彼女は私の隣にいてくれるだろうか。

 

 

 

 

【エンジェル視点】

 

「タナン様!」
 暗くなった聖堂の中で、机で灯りを頼りに書物に目を落としていた彼が、私の声に目を上げた。私は彼と窓の外を見比べて、彼の反応を待つ。
「どうなさいました、姫」
「雪ですわ、タナン様!」
私が言うと、彼も窓の外に目をやる。そのまま窓のほうに近寄ってきて、雪が降っているのを見上げた。
「ねえ、外に出て見ませんか?」
私は彼が答える前に、彼の手を引いて飛び出していた。外の空気に触れた途端、寒くて仕方がなくて、つい彼の腕にぎゅっと抱きついてしまう。暗くなった空を見上げると、藍色の雲を背景に、雪がダンスを踊っているようだった。そのうちに、自分たちが吐いている息が白くなっていることに気が付いて、手に息を吹きかけて温めてみる。
「寒いですわね。タナン様は平気?」
「慣れていますから」
彼に聞いてみると、いつもの調子で答えが返ってくる。それが嬉しくて、つい顔がほころぶ。
「ミラノは雪が多いんですものね。羨ましいわ。グラーツでは年に何度かしか降らないんですもの」
「珍しいくらいで、丁度いいと思いますよ」
「まあ、そうですか?」
 そのとき、目に何かが当たった気がした。冷たいそれはどうやら雪で、指で払ってみたけれど、すぐに融けていってしまった。
「こんなにすぐに融けてしまうのですね……」
彼はじっと私のほうを見て、何も言わなかった。
 私は、今度は捕まえてみようと、舞い踊る雪を追いかけて走る。彼の手を引いたまま、一方の手で雪を捕まえてみるが、ひらひらと舞う雪は簡単に捕まえることはできなかった。加えて、うまくつかんだかと思えば、手を開いた時にはもう溶けてしまっていた。それでも、こうして雪と戯れるなんて滅多にできないことで、つい楽しくて夢中になってしまった。
 ふと気が付くと、彼がじっとこちらを見ていた。雪を見るでもなく、私のことを見ているのだと分かった途端、思わず声をかける。
「タナン様?」
彼は私の視線を受け止めてから、すぐに逸らしてしまう。
「いえ」
静かに、何でもない、というようにつぶやく彼の目は、私が掴んでいた手のほうを見下ろしていた。その手を引いて、両手で包んでみると、雪を追っていた方の手には、彼の手がいっそう温かく感じた。
「雪はお好きではないのですね」
 思ったことをふいに口にすると、彼がぱっと目を上げる。
 できるだけ、敵意のない目線を向けたつもりだったが、彼は驚いたような、戸惑ったような目をした。
「ごめんなさい、私だけはしゃいでしまって」
私が謝ると、彼は首を振って見せた。
「こちらこそすみません、ご気分を害したなら――」
 いつもと同じだ。いつもそうやって、自分が悪いと言って謝る。私は咄嗟に、彼の口に手を当てて黙らせる。
「そうではありません、タナン様、あの……」
 彼の反応を見ていれば、雪が好きではないのはわかるし、今まで大変な思いをしてきたのであれば、雪の多いミラノでその記憶と雪が結びついていないわけではないだろうこともわかる。
 私はただ、彼と一緒に雪を見るのが嬉しくてたまらなかっただけ。
「わたし、あなたと一緒に雪を見られて嬉しいんです。あなたが次、雪を見るときに思い出すのが、悲しい思い出ではなくて、私と雪を見たこの時の光景だといいなって思うんです」
 ささやくようにそう言うと、彼はハッとした表情になり、それから、すっと目を伏せた。
 そして静かに、彼の頬を伝うのは、温かい涙。
「ありがとうございます」
その表情と言葉だけで十分だった。
 ねえ、タナン様。次に雪を見るときは、私の隣で笑っていてくれますか?

Merry Christmas♪

(2016.12.25)