第1章 ミラノ警備隊長

Legend.1 ミラノ警備隊

 「報告!」

慌ただしい伝令の声が、ミラノの一角に響く。馬を降りた彼の口から告げられたのは、ミラノの南第三拠点から、グラーツ軍の接近を視認したという報せだった。驚くことでもない。警備隊を創設して数か月になるが、ここのところ頻繁に南の国境に出向いている。

「敵一万、味方八千。警備隊に援軍出動を要請します」

「了解、すぐに出ます」

予想通りの数字と出動要請に、茶髪の青年がさらりと応える。

 南第三拠点は、ここのところ頻繁にグラーツ軍の侵攻を受け、そのたびに警備隊の助力もあって国境線に連戦連勝している。だが、今回はいつもと少しだけ違った。

「兵長、報告」

南第三拠点の拠点兵長・ユリウス=カーターが振り向く。立っていたのは副兵長であるジョゼフ=アイマン。カーターがうなずくと、アイマンが告げる。

「敵陣に送り込んだ斥候(スパイ)が、一騎を残してすべてやられました」

「何……」

怪訝そうに眉をひそめる兵長。副兵長が回収した武器の残骸を地面に広げて見せる。

「ですが生き残りの報告によれば、あの厄介な兵器は前線にしか出ておらんようです」

 城壁を、その厄介な兵器の炎がなめていく。

 炎を吐く兵器。

 城壁の上から見下ろすと、グラーツ兵が二人ずつついて、操っているのが確認できる。矢を射ようとすると、その炎がミラノ兵を襲う。ミラノ兵がひるんだ隙をついて、城壁に梯子をかけて登ろうというのだ。すでにグラーツ兵が何人か城壁に張り付いている。弓で射落とそうにも、身を乗り出した瞬間に炎に巻かれてはどうしようもない。

「あの兵器の操り手をまず殲滅する必要がありますな」

副兵長の進言に、兵長はうなずく。

「ここは通さん。我ら騎兵隊が出るぞ」

兵長率いる一隊と、副兵長の一隊が同時に城門から突撃を仕掛ける。兵長の一隊は西へ、副兵長の一隊は東へ分かれ、城壁に沿って並ぶ火を吐く兵器の操縦士たちを殲滅にかかる。

 副兵長がふと南に陣取るグラーツ国境軍の主要部に目をやる。その瞬間に覚えた違和感。背筋を逆なでされたように感じた副兵長が、逆方向に向かおうとする兵長を振り返る。

 グラーツ軍は動く気配がなかった。城壁に沿って兵器の操縦士たちの死体が転がる。十分な距離があるにしろ、ミラノ国境軍の主力が城壁を出てきたというのに、なぜ彼らが動かないのか……。

 その違和感を、副兵長が自身の中で整理する間もなく、彼の視界で更なる異変が起こる。

 操縦士を失ったはずの兵器が、首をもたげたのだ。兵長の背後をとっている。

「兵長!」

咄嗟に副兵長が叫ぶ。異変に気づいていない兵長が振り返る。

 間に合わない、と悟った副兵長が、首をもたげた兵器と兵長の間に向かって馬を走らせる。

 兵器が炎を吐く。ようやく兵長が事態を察知する。

「なにっ……」

副兵長が馬を兵器の首にぶつけ、すんでのところで炎の軌道をそらす。が、その衝撃で落馬してしまう。兵器の首が再び動き、副兵長の方を向く。落馬して身を打った副兵長は動けない。

「副兵長!」

兵長が叫ぶ。兵長の部下も、副兵長の部下も、すぐには戻れない位置にいた。

 副兵長が死を覚悟して目を瞑る。

 ――冷気。

 炎に焼かれると思ったのに、なぜ?

 副兵長が顔を上げる。視界に入ったのは翻る青いマントと、凍り付いた兵器の首。

「ミラノ警備隊長・タナン=セルリアン、ただいま到着いたしました」

若くもしっかりとした、透き通った声がそう告げ、その声の主が立ち上がる。

「おお!」

歓声を上げる兵長、そして副兵長。

「よく来てくれた!」

副兵長が感謝を述べると、青年が手を差し出す。

「遅くなって申し訳ありません」

副兵長が手を取って立ち上がろうとするが、激痛に腕を抑える。落馬したときに腕を折ったらしい。兵長が馬を寄せる。

「また君一人かね」

「ええ、部下は後ほど」

何度か援軍出動に来ているミラノ警備隊長の癖は、自らの駿馬ギルバートに身を任せ、部下を置いてきてしまうほどの速さで先に到着してしまうことだった。それにいささか慣れた兵長も、苦笑いをしながら副兵長を助け起こす。

「この兵器は?」

警備隊長タナンが、自身が氷漬けにしたらしい兵器を指して尋ねる。

「炎を吐く厄介な代物だ。おまけに独りでに動くときたものだ」

兵長が説明している内に、タナンが何かを感じ取って振り返る。兵長の背後で、別の兵器が首をもたげたのだ。

 タナンが素早く剣を振るう。剣先から出現した氷が地面を這い、兵器を下から覆っていく。タナンが続けざまに剣で空を切る仕草をすると、兵器を囲んだ氷が、兵器を貫くように内側に食い込む。兵器の内部が破壊され、爆発が起こった。爆風とともに氷が砕け散る。氷の破片がタナン目がけて飛んでくる。が、タナンが剣を自らの前に構えると、氷は再び剣先に集まり、やがて溶けて水となり、タナンを取り囲んだ。

 一瞬の間に起こったその様を、唖然として見守る兵長と副兵長を見て、タナンは口を開く。

「確かに厄介な兵器ですが、ご安心を。私との相性は、いいようですので」

 

 城壁の中に引き返したミラノ国境拠点の騎兵隊陣営に、ざわめきが起こる。

「おお、シナモンお嬢様!」

兵長が声を上げる。騎兵隊の視線の中心にいたのは、癖のある長い金髪に碧眼を持つ美女。タナンと同じ青いマントを身に着けた彼女は兵長の声に、やや困ったように肩をすくめる。

「お止めになって、ユリウス兵長。今はただの副隊長ですわ」

そう言いながら馬を降りた彼女は、すっと敬礼する。彼女に続く数人も同様に馬を降り敬礼した。

「副隊長トレス=シナモン以下、ミラノ警備隊、全員到着いたしました」

金髪の美女トレスと、茶髪の女性、赤髪の女性、それに茶髪の少年。これで全員だという。

「援軍感謝する」

兵長は敬礼を返す。傍らにいる副兵長は、折った右腕を肩から吊っているので、敬礼はできず代わりに会釈をした。

 兵長がさっそく、トレスを城壁の近くへ連れて行く。

「あの兵器の殲滅後、グラーツ軍に総攻撃をかける」

「殲滅?」

トレスが首をかしげる。兵長が説明する。

 炎を吐く兵器が独りでに動くので厄介であること、それを承知したタナンが自ら兵器の殲滅を申し出たこと。そして、殲滅が終わったら即座に総攻撃に移る手はずになっているという。トレスはそれを聞いて、再び城壁下のタナンを見る。

 タナンは白馬に乗って、城壁に沿って点在する兵器を次々と爆発させている。氷で兵器を包んでは貫き、次の兵器目がけて馬を駆る。その勢いに、トレスは喜ぶどころか眉をひそめる。

「あの出力で、立っていられるなんて」

それを聞いて兵長が、それはすごいことなのかと尋ねると、トレスは「ええ」と即答する。

「常人であればとっくに絶命していますわ」

 その言葉に凍り付く兵長。耳に入った副兵長も思わず振り返る。

「私たちの能力は、体力が多いほど大きな出力が可能なのです」

トレスが、自身の手に水を宿して見せる。それを、氷に凝縮する。

「水属性であれば、氷に凝縮するのも体力次第。限界を超えれば体力が底をつき、死に至ります」

小さな氷の結晶は、あっけなく溶けて蒸発する。

「私でもこれ以上やると……」

兵長が神妙な顔つきで、息が上がっているトレスを見つめる。その視線に、トレスは笑顔を返す。

「けっこう疲れるんです、これ。実際には、死に至る前に出力が止まりますけれどね。体力は睡眠や食事で戻りますから、限界が近づくと気絶して体力が回復するまで眠るようです」

トレスは城壁下にいる上司に目を向ける。

「それが彼は、あの出力で平然としている……」

タナンが兵器を凍らせている。トレスが実演して見せた氷の大きさとは比べ物にならない。

「化け物かしら、あの人」

トレスがそうつぶやいたのを、兵長は聞き逃さなかった。

 

 ミラノ国境拠点を、グラーツ側の森から観察する人影があった。

 ミラノ王国から南へ、南の谷の下へ。今まさに対立している敵国、グラーツ王国の城、サンダ=マデ。その敷地の一角に、やや趣向の変わった建造物がそびえ立っていた。

 その建物の心臓部、薄暗い中で怪しげに光る機械群。それらに取り囲まれた椅子に腰かける、白衣に身を包んだ眼鏡の人物。細い指先が、整然と並んだボタンの上を踊っている。ふと、傍らにあった画面が動く。

『こちら、第三報告拠点。遠目だけど、間違いなく警備隊長だね、すごい勢いで何機もやられてる。どうぞ』

機械を通した人の声が告げる。画面には、煙が視認できるミラノ国境拠点を背景に、青年の顔が映っている。白衣のその人物が、ゆったりと構えて手を組む。

「予想通りです、引き続き偵察を。わが軍が優勢であることに、変わりはありませんね」

『おそらく』

その場で会話をしているかのごとく、スムーズに返ってきた答えに、「ご苦労様です」と労う白衣の人物。同時に、別の画面が動き、もう一人の男性の声が聞こえる。

『第二報告拠点。警備隊の他のメンバーも到着したらしい』

立て続けに、今度は女性の声が入ってくる。

『第一報告拠点。兵器を殲滅したらすぐ総攻撃かけるつもりみたい』

複数の報告に、白衣の人物はふむ、と顎に手をやる。

「なるほど、わかりました。あなた方は手を出さないように」

その指示に、三つの声が同時に『了解』と答える。

 三つの画面が消え、白衣の人物がボタンを操作する。大きい画面に、映像が映し出される。そこには、タナンと、他の警備隊員が映っていた。白衣の人物がぶつぶつとつぶやく。

「ミラノ警備隊長、創始者にして初代隊長……」

カタカタと音を立てるボタン。画面に数式らしきものが並んでいく。細い指が大きめのボタンを叩くと、数字が画面上にはじき出される。それを見て、満足そうに背もたれに寄り掛かる。

「ふふ、なかなか手強い。今回もこちらの負けでしょうか」

眼鏡が、画面の反射を受けて光る。

「しかし、これでデータも揃う」

眼鏡の奥の目は、怪しげに笑っていた。

 

 タナンが最後に残った兵器を凍らせにかかる。

 だが、さすがに体力がもたなかったのか、兵器の足元に這い寄った氷は首の根元までは抑えられなかった。しまった、と思う間もなく兵器が炎を吐く。タナンは一度、氷を解いて自分の盾のために再構築しようとするが、間に合わず右腕を炎に焼かれる。

 城壁の上から、茶髪の少年が身を乗り出す。

「……大丈夫かよ」

つぶやく彼も、青いマントに身を包んでいた。

 タナンは右腕以外を氷で守り、そのまま兵器目がけて氷を這わせる。集中する彼の瞳は据わり、氷の勢いが戻る。最後の兵器を包み、氷で貫く。爆発する兵器。兵器の破片がタナンの頬をかすめる。爆風を防ぎきれなかったのだ。

 だが、これで兵器の殲滅は完了した。タナンが城壁を振り仰ぐと、茶髪の少年が城壁の上に立つ。準備はできている、というようにうなずいて見せる少年に、タナンもうなずき返す。

 タナンが城門に戻るべく馬を返し、それに合わせて少年が城壁の上を駆ける。少年が城壁の内側に合図すると、兵長の合図で国境拠点の騎兵隊が城門から突撃を開始する。

 兵器をすべて失ったグラーツ軍は、警備隊の助力で勢いを増したミラノ軍に押し負け、国境地帯から撤退した。

 兵長が去っていくグラーツ軍を見送りながら、タナンを称賛する。

「いや、お手柄だセルリアン隊長! あの兵器が、君と相性が良くて助かったな」

 タナンが水属性覚醒者とすでに知れ渡っているだろうに、わざわざ炎の兵器で勝負を挑んできたグラーツ軍の本当の狙いは、果たして何だったのだろうか。そんな疑念が胸を過ったが、タナンは顔には出さず、兵長に向かって控えめに微笑んで見せた。

 

 警備隊の5人が帰還する。城下町に通じる門をくぐると、町の人々が集まってくる。

 警備隊は数か月前に設立したばかりの新設部隊であるうえに、構成メンバーの平均年齢は17歳、男女比は2:3、隊長は孤児出身と噂の青年、副隊長は貴族の娘と、物珍しい要素が盛りだくさんであったため、一目見ようという者たちが集まってくるのだった。

「あーっ、見回りのお姉さん!」

トレスの姿を認めた子供が声を上げる。トレスが気づき、こんにちは、と手を振る。

 警備隊の通常任務は、治安維持のための視察だ。国境への出動がないときは、二人以上で組んで城下町を見回っている。

 野次馬の中を通り過ぎていく警備隊。その後ろ姿を、屋根の上から見下ろす人物が一人。

「有名になっちまって、もう雲の上の人みたいじゃねえか、タナンのやつ」

そうつぶやく瞳は、少年のように輝いている。

「もうすぐ会えると思うぜ、タナン」

 

 警備隊は城下町を通り過ぎ、大きな屋敷へ通じる道を登っていく。ずいぶん昔に没落した貴族の屋敷だったというこの敷地を、新設部隊である警備隊の拠点としたのだった。ミラノ王の居城からも比較的近く、国王直属部隊でもある警備隊の立地としてこれ以上に的確なものはなかった。

 門を開け、馬を小屋に止め、大きな玄関をくぐると広間に出る。建物に入って右手の廊下を行った先にある公舎には武器庫と、組織用の書斎、会議室などがあり、反対側の宿舎には隊員のための生活の場がある。宿舎は三階建てで、二階が女性陣、三階が男性陣の個室になっている。

 武器庫に武器をしまった後、宿舎の一階のリビングでソファに寝転ぶ少年。

「あー、疲れた、つか腹減った」

「カイ何もしてないじゃん」

少年をいじりに行く赤髪のポニーテールの女性。カイと呼ばれた少年が「したわ!」と反抗する。

「ポーニンこそ何もしてねえだろ!」

「なぁに、援護射撃は要らないって~?」

ポーニンと呼ばれた赤髪の女性はつっかかってくるカイの反応が楽しいらしく、しょっちゅういじりに行く。カイが最年少ということもあるのだろう。

「こら、うるさい」

茶髪の女性がカイとポーニンの頭に同時にゲンコツを下ろす。

「エリーてめえ!」

カイがつっかかると、エリーと呼ばれた茶髪の女性はカイのほっぺたをつねる。

「いでででで」

「静かにしな、タナン寝てるんだから」

エリーが顎で示した方をカイが見ると、もう一つあるソファでタナンが眠っていた。

「あらら、風邪ひいちゃうね」

ポーニンがぱっと立ち上がって、奥から毛布をとりだしてくる。タナンにかけると、タナンが目を開く。

「あ、ごめん起こした?」

「……いえ、すみません」

タナンが身を起こす。

「寝てた方がいいんじゃないの。あれだけ体力使ってるんだから」

エリーが言うが、タナンは静かに首を振る。

「書類を、整理しないと」

「いや、やめとけって。寝てろよ」

カイも反対する。タナンは少し不満そうに、だがおとなしくソファに横たわる。やはり疲れているらしい。そこへ、武器庫の整理をしていたトレスが入ってくる。

「みんな、怪我してたら診せて」

優秀な医術師でもある彼女は、隊員の健康管理と治療の担当でもある。それぞれが怪我はないと答えると、彼女は「よかったわ」と微笑んでから、タナンを見た。

「じゃあ、あとはタナンだけね」

毛布の下でタナンが動く。

「いえ、私も大丈夫です……」

「嘘仰い」

トレスが毛布をとりあげる。

「右腕、火傷してるでしょう。診せなさい」

カイが「あ」と手を打つ。

「そうだよな、モロに喰らってたもんな」

それを聞いたトレスが、ぱっとカイの方を見る。

「な、なんだよ?」

「カイ、そういうのは先に言って頂戴」

「な、なんで……」

困惑するカイに、トレスはふうとため息をつく。

「タナンってすぐ怪我を隠そうとするから困るの。だからタナンが怪我してるの見たら教えて頂戴」

カイが苦笑いする。

 たしかに、タナンは怪我を隠そうとする傾向がある。怪我をすることが恥ずかしいとか、そういう感覚ではないようだが、放って置けば治るから放って置いてほしい、という感じだ。

 そして、タナンがそう言えば、トレスは決まって「治療が遅れると治りも遅いから云々」と説教を垂れる。今回も例外ではない。

 トレスがぷりぷりしながらタナンの腕を治療する。

「まったく、体が資本なんだから大事にして。それに利き腕じゃない、仕事どころか日常生活にも影響出るのよ。怪我したらしたってちゃんと教えて。治療なら私がしてあげるから」

 タナンはその間、まったく口を開かない。かといってトレスの説教にうんざりしている風でもなく、ただいつも通りの平静な顔をしている。あまりにも反応が薄いのでトレスは時々「聞いてるの?」と念を押すが、そのたび「聞いてますよ」と即答されるのだ。

 トレスが治療を終えると、タナンは書斎に向かう。

「もう少し寝た方がいいんじゃない~?」

ポーニンが声をかけると、タナンは首を振る。

「すみません。エリーに紅茶を頼んでもらっていいですか」

そういうと、ふらつきながらも公舎へ向かう。ポーニンは心配そうに見送ってから、エリーに伝えるべくリビングへ戻る。

 

 書斎の扉を開け、机の上に所狭しと並べられた書類を見やるタナン。自分で選んだ仕事だ、嫌な顔一つせずに取り掛かる。だが悩みの種は、新設部隊であるゆえにいまだ基礎を一から築かなければならない状況にあること、それなのに創設当初から非常に忙しく、その時間を確保しようとすると睡眠時間が足りなくなることだった。

 隊長であるタナンがデスクワークをする間、隊員たちは訓練に励む。副隊長のトレス以外は、事務的な仕事を手伝う技術はなく、戦闘をはじめとした体を動かす仕事をするための要員だ。ただ、トレスは医師であるゆえに、体調管理と治療に関する仕事をすでに多く抱えている。トレスは睡眠の足りていないタナンを心配して手伝うと言ってくれるが、すでに忙しいはずの彼女の負担を増やすわけにもいかず、結局はタナン一人で膨大な書類を処理しているのだ。

 タナンが黙々と書類に目を通す。数週間前に起こった事件の報告書をようやっと初めて読むという具合で、昨日起こった出来事もわからない。ふと、タナンがある書類に目を留める。

 “連続貴族殺害事件についての報告書”と記載された表紙をめくり、読み始める。

 ある程度飛ばし読みすると、それを机に置き、紙切れに走り書きをする。

 そのころには、エリーがポーニンに言われて紅茶を淹れていた。

「ポーニン、タナンは書斎にいるんだよね」

エリーが紅茶と菓子を持ってポーニンに尋ねる。

「うん、仕事するって言ってたから。あたし持っていこうか?」

ポーニンがそう言うと、エリーは「あんたはこぼすでしょ」と却下する。こぼさないよ~、と不満そうに口をとがらせるポーニンを置いて、エリーは書斎へ向かう。

 扉をノックする。返事がない。

「タナン? 入るよ」

エリーが扉を開いて入る。机にはタナンの姿がなく、少しだけ開いている窓から入ってきた風がカーテンを揺らしていた。エリーが事態を察する。ふーと息を吐く。

「あの隊長……また脱走した」

小さいテーブルに勢いよく紅茶を下ろすエリー。カチャン、と食器が鳴る。ふと机を見やると、走り書きのメモが置いてあった。それを手に取って見ると、エリーはげんなりして揺れているカーテンを見つめる。

「まったくもう、探すに決まってるでしょうが」

エリーがやや乱暴に机に叩きつけた紙には、こう書かれていたのだった。

 

“すぐに戻ります、探さないでください。タナン”

 

 

― 勇士伝 Legend.1 ミラノ警備隊 完 ―



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