エピソード.4 脱出

 馬車の跡が、だんだん乱れているのがわかった。あちらもスピードを上げている。

「ティアル、追いかけられているのに気付いてるんだ」

「ああ、そうみたいだな……。スピードを上げるよりは、道を外れて回り道するほうが得策だ」

二人は、いったんその道から小さい路地に入った。

 今の道はおそらく、もうひとつの教会の廃墟に向かっている。

「アシュナ、先回りする。スピードあげるぞ」

「了解」

 雨は止みそうにない。このまま降り続いてくれれば、計画の成功は確実だ。空軍からの監視が困難になるためだ。

 空軍は常にではないが、定期的にザノア帝国内を監視して回る。空からの監視だから、屋根がない所の人間の活動は筒抜けになってしまう。

 この任務中に王女と話しあうのが必要だが、そのそぶりを少しでも感づかれたら、司令官部がすぐに動くかもしれない。

 その緊張が少しは和らぐ。監視される可能性がゼロとは言えないが。

 アシュナは、この辺りの地理に詳しいようだった。

「三年前からヒッターだけど、このあたりが実地訓練用になっててさ。だいぶ、覚えさせられたんだ」

「おれは軍を出たことがないんだ。アシュナ、地理のほうは頼んだ」

アシュナはうなずいて、スピードを上げてティアルの前を走った。さすが、地理とスピードのテストをクリアしただけのことはある。

しばらく走ると、霧の中に廃墟が浮かび上がってきた。

「ここだ。元々、ザノア側で一番大きな教会が建ってたんだけど、ずっと昔のザノアの侵略で一瞬で陥落したんだ」

「旧セント=ヤティル教会か。よし、ここで待ち伏せしよう」

 二人は、濡れた体を拭いて、教会内に跡を残さないようにした。王女が怪しがって入ってきてくれないと、説明ができない。

 教会内は、あちらこちらに荒らされたような跡があった。

「ティアル」

アシュナが静かに話しかけてくる。

「どうした?」

「これ、荒らされたの、きっとついこの前だよ」

「なんで、そんなことわかる?」

「埃の被り方が周りと全然違うんだ。見てみろよ」

アシュナに促されてティアルが見てみたところは、確かに埃をあまり被っていなかった。

「誰が荒らしたんだろう」

「地下教会を暴いた跡みたいだ」

「地下教会?」

「ザノア軍が荒らしたんだ、きっと。地下でこっそり集まってる信者がいるんだよ、時々。それを弾圧して軍が連行する……。誰かが密告したんだな」

アシュナはやはり、そういう情報に敏感らしい。

 教会内で何があってもすぐ対応できるよう、二手に分かれて入口を見守った。

 そんなに長い待ち時間ではなかった。急いで走ってきて疲れた馬車が、雨の音に混じって教会の前に停まるのがわかった。急ぎ足で、三、四人が降りてくる。

「姫様、急いで」

 ギイッと扉が開き、教会内に雨の音がこだまする。ティアルとアシュナは息をひそめた。

 王女らしき人と、側近の女性二人、男性一人のようだ。

 アシュナは、扉へ静かに回り、そっと閉め、その後ティアルは外に漏れない程度の明かりを点けた。王女たちが振り向いて、明りに目を細める。

ティアルを認めると、さっと男性が前に出て、女性二人は王女に寄り添う形で立つ。

 ティアルは明りを持って近づき、膝をついた。

 その服装に気付いたのだろう、王女が口を開く。

「あなた…ヒッター? わたしを殺しに来たのね?」

ティアルは首を振る。

「軍からはそういう指令を受けましたが、おれはヒッターである前に主に仕える者です。エテル王女を助けに参りました」

「まあ、本当に?」

王女が喜びの声を上げるのを、側近たちは止めた。強い目をした若い女性が、厳しい口調でティアルに返す。

「ここで待ち伏せしていたのですね。何が目的なのですか」

ティアルは落ち着いて答えた。どうせ、簡単に信じるわけがないと踏んでいたのだ。

「殺すのなら、遠くから狙い撃ちすればいい。軍には、正確な射撃手がたくさんいます。おれたちがここで待っていたのは――」

「たち」という言葉に、王女を含め四人は振り返った。アシュナを認め、驚きの声を上げる。

「あなたたちと話がしたいからです」

エテルはティアルに向きなおって言う。

「あなた、名を何というの?」

「ティアルと申します」

「ティアル、あなたは主が送ってくださった助けだわ。どうやってここから、軍の追跡を逃れられるか教えてくれるかしら?」

「姫様」と、側近たちはまだ警戒して姫を制すが、彼女はティアルたちを信じてくれたようだ。

「さいわい、今は雨が降っています。しばらく止まないでしょう。空軍からの追跡を逃れるには好機と言えます。それから、今回任務にあたった者は全員おれが――おれを通して神が選んだ、主に仕える者たちです。おれたちがあなたを、テレムの教会へお連れします。それを軍への離反だとして、決行部隊が追跡部隊としておれたちを追跡する。そういう口実で、皆がテレムの教会へ逃れるのです。そこから、全員で反旗を翻せばいい。神がそうおっしゃいました。……信じて、くださいますか」

 ティアルは作戦の全貌を説くと、側近たちを見た。側近たちもティアルを見、若い女性の側近が口を開く。

「私たちは、どうすればいいのですか」

「ついてきてくださいますか」

ティアルがそういうと、女性は強い目をしてはっきり言った。

「姫となら、どこへでも参ります」

ティアルはうなずいて、アシュナに目配せした。

 アシュナはうなずいて、扉から離れた。

「おれたちは軍を離反することをだれにも漏らしていません。あなた方が協力してくだされば、万事うまくいくはずです」

 男性の側近が言う。彼はまだ信じ切っていないようだった。

「我々があんたたちを信じられるとでも?」

「おやめなさい、ディオ。下がって」

「姫、しかし……」

ディオと呼ばれた男性の側近は、姫をかばうようにして立ちながらティアルをにらみつけている。

「さがれと言っているの。聞こえないの?」

エテルはディオに厳しく言う。ディオは唇を噛みながらゆっくりとさがる。

「ティアル、といったわね。あなたたちを信じましょう。案内しなさい」

エテルはティアルとアシュナに向かって、笑顔を見せる。

「この教会におれたちが潜んでいることは、軍には知れていません。なるべく軍に知れるのは遅い方がいい。ですから、目立たないように動いてください」

「わかったわ。そちらの」

アシュナが姫のほうを見る。

「そう、あなた。名を何というの?」

「オレはアシュナです。ティアルの部下です」

ディオが姫をうながした。姫はこくんとうなずいて、言った。

「では案内しなさい、ティアル、アシュナ。雨がやまぬうちに」

「はい」

ティアルとアシュナは、裏から出られるかを確認していなかったので、アシュナが裏に回って見てきた。

「ティアル、裏に出入り口はなかった」

「了解。では、表から出ます。扉をあまり開けないでください」

アシュナが先頭、ティアルはしんがりを務める。

「アシュナ、人は?」

「いないみたいだ。こんな時間だからな」

「じゃあ、この教会から町の出口に近い道を進んでくれ」

「了解」

アシュナは進み始めた。女性で若い側近が続き、エテル姫、年配の女性の側近、ディオ、ティアルと並んでいる。

 ディオが出ると、ティアルは教会内に残った足跡をきれいに消してから出、追いかけた。

「何をしていたんですか」

ディオはティアルより年上だろうが、敬語で話しかけてくる。

「痕跡を消してきました。本軍が追いかけるときに時間がかかるように」

ティアルの答えに、ディオはうなずいた。

「さっきは失礼しました。護衛士という立場上、まず疑うのが癖になってまして」

「いえ、当然のことですから気になさらないでください」

 側近、ではなく、護衛士だったのか、この人は。

 アシュナが立ち止まり、ティアルに静かに報告する。

「ティアル、出口だ。でも見張りがいる」

「その見張りはおれが代わらせたヒッターのはずだ。アシュナを見れば開けるだろう」

アシュナは見張りをよく見てみた。雨と暗闇でほとんどシルエットしか見えないが、ヒッターが身につける独特の長いマフラーが見えた。

「ああ、ほんとだ、ヒッターだ。じゃあ進みますよ、みなさん」

アシュナは見張りに近づいて、オレはヒッターだとささやく。見張り役のヒッターも、黙ってうなずき、静かに門を開けた。

 アシュナに従い、6人はザノアの首都の郊外に出た。ザノアを完全に出るには、あと一日かかるだろうとアシュナが言った。

「走るの?」

エテルが息を切らしている。アシュナが声をかける。

「我慢してください、姫。一日でザノアを出切らないと、すぐに軍が国外逃亡者をチェックしにかかりますから」

「わたしはこんな恰好なのよ? 走りにくくて……」

するとディオが前に出て、姫を抱えて走りだした。

「アシュナ、案内してください」

「あ、はい!」

アシュナはいそいでディオの前に入り、先頭を走った。女性の側近二人は、体力がある方のようだった。ティアルがアシュナに言う。

「アシュナ、最短ルートで」

「わかってる」

ティアルは後ろを振り返ってみた。追っ手は、来ない。

「ディオ、すまないわね……」

「いいえ、大丈夫です」

エテルは後ろを振り返った。

「追っ手はいつ来るのかしら?」

アシュナが応える。

「任務がきちんと行われなかったという報告が軍に伝わって、追撃命令が下るまで来ません。来たとしても第一陣はオレたちの仲間だけのはずです」

「そう……」

 ………おそらく丸一日走っただろう。

 ザノアの城壁が見えてきた。

「あそこに仲間は?」

ディオが聞く。

「いません。強行突破するしかありません」

ティアルはきっぱりと答え、少し動揺した表情を見せる一行の先頭に出て、城壁を駆け上がった。

見張りが数人立っていたが、ほぼ一瞬にしてティアルが気絶させてしまった。

「殺さなくていいのか?」

追いついたアシュナが城壁の下から恐る恐る聞いてくる。ヒッターとはいえ、訓練でも二人とも人を殺したことはない。

「必要ないだろう」

ティアルが降りてきて、門を開ける。

 その時、うしろから馬の蹄の音が聞こえてきた。

「まさか、もう騎兵隊が来たのか!?」

アシュナが叫ぶ。ティアルも焦って門を閉める。

「そんなはずはない。まだばれてないはずだ」

ディオが姫を下ろして、槍を握って構えた。アシュナとティアルは剣に手をかける。

 エテルは女性の側近二人の間で不安そうな表情をする。

 音が大きくなってくる。馬の声も聞こえる。

「馬だ」アシュナがつぶやいた。

「馬しかいない。人が乗ってない」

「なんだって?」

ティアルとディオもよく見てみる。

「本当だ。馬しかいない」

エテルが前へ出た。

「神が与えてくださったのかしら」

先頭に白い馬が、その左右に栗毛色の馬が二頭並んで、走ってくる。

 ディオはすかさず、姫を抱え上げて白い馬に乗せた。手綱は付いている。

「馬の乗り方、わたし教わったことないの」

不安そうに言う姫にうなずいて、ディオも後ろに乗って手綱を取る。

 ティアルとアシュナは走ることにして、二頭の馬に女性の側近を乗せた。

「わたしは行きません」

突然、側近の、若い女性のほうが言った。

「え?」

「わたしは行きません、軍に父がいるのです。国外に逃亡したら、父が大変だわ。……エテル姫を国外へお送りするまで帰れませんでしたが、もう大丈夫でしょう」

ティアルは彼女に強い意志があるのを見て、一緒に連れて行こうとしても無駄だと悟った。

「何を言うの、サラ」

「エテル姫、この先、お伴できなくてごめんなさい。あとは皆様に任せましたわ」

サラと呼ばれた女性は、馬を下りてティアルに手綱を渡した。

「では、さよなら。みなさまに神の御加護がありますように」

「サラを止めて、ティアル」

エテルは言ったが、ディオがティアルを止めた。

「無駄です。サラは父のために働いてきたんです」

「サラ……」

姫が泣いた。サラは夜明けのザノアの町に帰って行った。

ティアルはサラが降りた馬にアシュナを乗せ、再び門を開けた。

「追っ手が来ます……。急ぎましょう」

 馬を得た一行は、昨日までよりもっと速い速度で、ザノアを離れて砂漠に入った。

「それにしても、この馬はどこから来たのかしら」

姫がつぶやく。年配の女性の側近が言った。

「神が与えられたものでございましょう。……それにしても、ティアルどのはよく疲れませんわね」

思ったより若々しい話し方だ。

「おれは、体力はある方ですから……」

「馬にはお乗りにならない? わたくしめなどは、馬のような高価な乗り物には慣れていないのですよ。代わってもらえません?」

ティアルは困った。年配なのに、無理をさせるわけにいかないと思ったのだ。するとエテルが言った。

「テラの言ったとおりにした方がいいわよ、ティアル。彼女、昔、女ヒッターだったから、走るのは速いし。時々代わった方が、体力の維持にいいんじゃなくて?」

「そうなんですか?」

「そうですわよ。さ、お乗りになって。わたくしめは走っておりますから」

テラはそう言うと、ひらりと馬を下りた。ティアルはその次の瞬間、馬に乗った。

「おおっ、息ぴったり!」

アシュナか歓声を上げる。そしてテラがアシュナの前を走っている。

「すごいですね、テラさん!」

「ありがとう。これだけが取り柄ですもの、うれしいわ」

テラはアシュナに微笑んで、平然と馬と同じ速度で走っている。ディオが言った。

「さすが、すごい体力ですね、テラさん」

エテルが笑って言う。

「当たり前でしょう。わたしの父が馬で競争して勝てなかったのよ」

 ときどき、アシュナが走ったり、ディオが馬を下りたりして四人で交代したが、結局一番長い距離を走ったのはテラだと思われた。

 砂漠に出てから、初めての夜が来た。

「いつ着くのかしら」

エテルが聞いた。

「明後日には。ディルアンまでは、まだあるでしょうけどね。海沿いの半島の先ですから」

アシュナが言う。すると、腹が鳴った。

「うわ、腹減った。そういや、丸二日食べてねえな」

「わたしはもう、お腹が空いたのを通り越して何も感じないわ」

「ディオさんとテラさんは?」

「まだ大丈夫」

「わたくしめは我慢できますわ。でも、姫とアシュナさんが限界のようね」

 この砂漠で、五人分の食糧となるとすこし厳しいだろう。

「馬を止めましょう」

ティアルが馬を下り、ディオとアシュナは少し通り越してから馬を返して止めた。

「どうする、ティアル」

「食糧を探そう。これ以上走り続けるのは、体力的にも危険だと思う」

「でももう夜だぜ。せめて水があればいいけど……どうやって探す?」

ティアルは黙りこんだ。食糧を確保しておくべきだった、と思ったその時だった。

「あ……何か降ってきたわ。……雪?」

エテルが、空を指さす。アシュナが反応する。

「まさか、真夏ですよ!」

「でも、本当に白いものが。何かしら、これ……」

ディオとテラもつぶやく。

「おかしいですね、こんな季節に」

「砂漠って、夜はとても冷えるのですわねえ」

アシュナは、その白いものを口に入れてみた。ティアルがびっくりして言う。

「アシュナ、何食べてるんだ!」

「……うまい」

「は……?」

アシュナは、その白いものをほおばり始めた。

「うまいぞ、ティアル! これ、食べ物だよ」

「何言ってるんだ、アシュナ」

「食べてみろって。甘くてふわっとしてて、うまいんだよ」

アシュナはティアルに、降り積もった白いかたまりを勧める。

「姫たちもどうですか。結構腹一杯になりますよ」

「姫たちにまで勧めなくていいよ……」

「ティアル、食べてみろよ。ほら」

アシュナはティアルの口に、白いかたまりを押しつける。ティアルが仕方なく口に含むと、甘い香りがひろがって、ふわっと解けた。

「本当だ。……うまいな、これ」

「だろ?」

アシュナの明るい声に、姫が嬉しそうに言う。

「神が与えてくださったのね」

五人は降ってきた神からの差し入れに感謝して、腹を満たした。

「生き返った。また走れるぞ」

「おいしいわ」

「たくさん降ってきますね。今夜のうちにたくさんお腹に入れておきましょうか」

「こんなにうまいもの、初めて食べたな」

アシュナが満足そうに言う。ティアルもうなずく。

「食事自体、いつ以来かわからない」

「そうなの? そういやティアル、軍で働いてる時は何も食べるの見たことなかったな」

砂漠の夜の雪は、真夏だけあって冷たくはなく、暖かかった。ティアルたちは、馬にも食べさせて、みんなの体力を上げるところまで上げた。

ティアルが言った。

「今日は眠りましょう。軍の追っ手は砂漠に出る準備をするはずですから、そう早くは来られません。体力も回復しておいた方がいい」

みんなは安心したようにうなずき、思い思いに雪の上に寝転ぶ。

「あ、あったかい」

「本当ですね」

「やっと寝られる……」

 ティアルは曇った空を見上げ、なぜ雨でなくこの「雪」が降ってきたんだろうと考える。

「ティアル」

アシュナが転がってきた。

「なんだ?」

「こんなあったかいとこで寝るのって初めてか?」

ティアルは少し考えて、答えた。

「わからない。おれは六歳の時ヒッターになったんだけど、その前のことはほとんど覚えてないんだ」

「ふうん。オレは、ヒッターになってからはこんなあったかいとこで寝たことないぜ」

アシュナはごろんともう一回りして、ティアルのすぐ隣に来る。

「オレさ、妹がいたんだ。テレムの、ミディンっていうとこに二人で住んでたんだけど。ミシェニィって言って、今はどうしてっかわかんないけど、夜はよく泣きついてきてさ」

ティアルはアシュナのほうを向く。

「夜はなんか出そうで怖いって。それでいつも一緒に寝てやってたんだけど、ヒッターとして捕まって、軍のかたいベッドで寝ることになったときは、本当にミシェニィがいないと落ち着かなくなっててさ」

アシュナはくすっと笑う。

「オレの方が安心させられてたんだなーって思って。……ティアルはそういうのないの?」

「おれは……。さっきも言ったがヒッターになったときは六歳だったし、八年も経ってるから忘れたよ。でも、たしか」

ティアルは思い出そうとして、雲を見る。

「兄弟じゃないんだけど、だれか必ずそばで寝てたかもしれない。シオンさんじゃなくて、おれと同じくらいの子が」

「従兄弟とかか?」

「ああ、そうかもな。シオンさんの子供か」

アシュナが笑った。

「なんだよ?」

「いや、ちっちゃかったころのティアルを想像してたら笑えてきた」

「どういう意味だよ」

「可愛かったんだろうなー、って。シオンさんもゼナンさんも、可愛がってたみたいだったし」

ティアルは顔をしかめて見せるが、アシュナはもうからかい調子ではなかった。

「ミシェニィ、生きてんのかな……」

「……今、何歳なんだ?」

「三年前別れた時点で五歳だったから、生きてれば八歳だな。ティアルのいとこは?」

「わからない。名前も覚えてないから」

「そうか……」

ティアルがアシュナの肩を叩いて、言った。

「もう寝よう。睡眠不足には慣れてるだろうけど、その調子じゃいつか体が持たなくなる」

「ああ」アシュナは、背を向けて寝転がるティアルに、背中をくっつけた。

「アシュナ?」

「……あったかいな」

「……そうだな」

「ちゃんと寝ろよ」

「おれは妹じゃないぞ……」

「わかってるよ。言ってみただけだ」

「……おやすみ」

「ああ」

 真夏の夜空にかかる雲は、それ以上雪を降らせなかった。


最終更新:2016.5.2.